教員ブログ
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うしろすがた

「或る夜、庭の樹立がざわめいて、見ると、静かな雨が野面(のづら)を、丘を、樹を仄(ほの)白く煙らせて、それらの上にふりそそいでいた。 しっとりと降りそそぐ初秋の雨は、草屋根の下では、その跫音(あしおと)も雫(しずく)も聞えなかった。 ただ家のなかの端坐した彼に、或る微(かす)かな心持、旅愁のような心持を抱(いだ)かせた。そうして、その秋の雨自らも、遠くへ行く淋しい旅人のように、この村の上を通り過ぎていくのであった。彼は夜の雨戸をくりながらその白い雨の後姿(うしろすがた)を見入った。                        
                                                  
                                   - 佐藤 春夫・田園の憂鬱 」
それぞれの「うしろすがた。」
あの震災から、7ヶ月が過ぎた。
「あの震災から・・・」 語り続けられる言葉。
あの瞬間から、また時は加速していく。
あの日、私は、S県K市にいた。
午後2時46分。
その日、3件目の家庭訪問を終えた直後だった。
体が重かった。
最初、自分が揺れているかと思った。
いろいろ考え、動き回ったが、その日は帰れず、
近くで避難所になった小学校の体育館に泊まった。
何度も寝返りを打つ。
眠れず、真っ暗なグランドに出たりした。
次の日の朝、偶然、卒業生に出会い、
車で家まで送ってもらった。
その「たった一つの優しさ」でその日は救われた。
「たった一つの優しさ」が、思い出であり、希望でもある。
「その翌日 ― 雨月の夜の後の日は、久しぶりに晴れやかな天気であった。天と地とが今朝甦(よみがえ)ったようであった。 森羅万象は、永い雨の間に、何時しかもう深い秋に化(かわ)っていた。 稲穂にふりそそぐ日の光も、そよ風も、空も、其処に唯一筋繊糸のように浮んだ雲も、それは自(おの)ずと夏とは変っていた。 すべては透きとおり、色さまざまな色ガラスで仕組んだ風景のように、彼には見えた。 彼はそれを身体全部で感じた。彼は深い呼吸をした。 冷たい鮮(あざや)かな空気が彼の胸に真直ぐに這入って行くのが、いかなる飲料よりも甘(うま)かった。
    
                                    - 佐藤 春夫・田園の憂鬱 」
あの「うしろすがた。」
かすんでも、消えることはないのである。
文―トモアキ